最上川本流のまち・長井市   病を封じ・火伏せ・学問の向上<祈願成就めぐり>
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長井市には、古くから 病封じ・学問の文殊尊・火伏せの神様などが祭られた、神社・仏閣があります。地元の人々は、都度お供えをし、自身と家庭の平安を祈願してきました。多くの信者、ご祈願者が日々参拝に訪れ、その恩恵を受けております。
長井線に乗ってこれらの神社・仏閣参拝で身体堅固・学問向上・家内安全をご祈願してみませんか。

 万病を封じ、足腰を丈夫に、知恵を授かり、火難消除。長寿で生き、あの世でも安泰な様に、御祈願ができます。
   説明文は長井市・中央地区文化振興会、中央史談会の史跡案内より引用・添削しております。


 長遠寺と白山神社 / 万病封じと足の祈願
仁王堂と黒仁王導
 長遠寺の仁王堂は、大正2年まで白山妙理権現(白山神社)の守護紳として紳社正面の参道の東端にあり、参拝者はこの仁王門をくぐって白山神社の拝段にすすむようになっていた。
 仁王門の右にはカッと開いた阿形像が、左には口をギュッと結んだ吽形像が安置されている。腰を大きくひねって裳裾をなびかせながら身構えた格好、カッと大きく見開いた目は雄渾な気迫さえ感じる。額の筋肉が盛り上がり、胸と腹との間の筋肉瘤などが力強さを誇張しているが、全身のバランスは整っていて、東大寺南大門の仁王像と非常に似ている秀作である。昭和4年、京都の仏エ佐々木盈季の彫ったものであり、像の建立世話人は「油屋五左衛門」となっている。五左衛門の住んでいた所を荒館に求めたが発見できず、米沢の商人だったようである。
この像は「黒仁王」とも呼ばれ、木彫りの表面を黒漆であら塗りしたものである。日本では明治以来戦争が絶えず、1度男が招集されて戦場に行けば40kgの軍装をして1日に8里、10里の行軍は普通だった。家に残された妻や母は戦場に出かけた夫や子供が仁王堂のように丈夫な脚で長距離行軍に耐えられるように、わらじや足のひらの形をした石を奉納し熱心に祈った。
 現在も長さ2mの大きなワラジがかかっている。丈夫な脚力を持った子供の成長を祈願することは勿論だが、一般的な健康、癌の予防を願って南瓜(かぼちゃ)を供える参拝者が絶えない。



 常楽院 / 学業向上祈願の文殊尊と火難祈願の火伏せの霊水
高僧・宥日上人が晩年閉居の地として文明元年(1469年)開山、不動明王の像を刻して本尊とされた。上人は不思議な霊力を備え、ことに火伏せの霊力が著しかったとされる。上人遺跡の井戸があり、特に火難消除の祈願所として知られる。春の大般若の日に上人ゆかりの井戸水を汲んで屋根にかけると、火難を免れると伝えられ今も信者でにぎわう。
寺堂には文殊菩薩像が祀られ、日ごろから学問向上の祈願者が絶えない。特に7月の文殊尊の祭りは「アカザ祭り」と呼ばれ、あかざ(植物)を具える信者でにぎわう。あかざは文殊尊の杖として供えられ、代わりに知恵を授かるという、言い伝えである。
 ある年の祭礼の写真に上人が写しだされて、霊賢者に伺ったところ、祭りのお礼にお出でになったとのことです。そのお写真は大切に保管され、今もお姿を拝むことが出来ます。学問向上に火難消除に御祈願下さい。



 薬師寺 / 長寿祈願
薬師如来座橡
 薬師寺の本尊で、正しくは薬師瑠璃光如来という。高さ40センチほどの座像であるが、頬が少しふっくらして鼻筋が通り、澄んだ眼で伏せ目がちに信者を見つめている顔は端正そのもので、内に慈悲心を秘めている。両手は膝の上に組んで薬壷を持っている。厨子には天文24年と書いてあるので、室町時代末期の作品である。
 この薬壺は、現世の民衆の病気をなおし、さまざまな禍を除き、みじめな生活に苦しんでいる民衆に食物や衣服を恵み、誰もが願っていた長寿を全うさせてくれる霊力をあらわしている。瑠璃とは青玉のことで、お薬師様を信仰する人々は青玉のように清浄な国に安住させてもらえる。



 十王堂 / 御世の国でも安泰祈願
十王と地蔵様と私達
 人が死ぬと7日目毎に49日まで7回、それから100か日・1年・3年とそれぞれの忌日に死んだ人が「あの世」の裁判官を10箇所まわり、生前のその人の行いについて、10人の裁判官から厳しい審判をうけ、3年かかって最終の判決が決まる事になっている。この1O人の裁判官が十王である。だから、生きているうちからこの十王を祀り、「死んでからの裁判の時にはよろしくお願いします。」と祈ってお願いしておくのが十王信仰である。
 この世では、5番目の裁判官である閻魔大王だけが有名になり、十王を代表し、閻魔大王が地嶽の最高長官となり、彼が死者の生前の行いを裁判すると考えられるようになった。また、本当は仏教でいう地蔵菩薩が姿を変えてみんなの前に現れているとも考えられ、その本地である地蔵様こお願いした方が、地獄の苦しみを救ってもらうのには早道だと信じられ、地蔵信仰の方が表面に出てきたのであろう。
 閻魔大王は法服を着て、顔も怖そうで親しみにくいが、地蔵様は頭の髪を剃り、法衣をつけ、顔も優しそうなので、一般の人々は地蔵様に親しみを感じ、いろいろなことをお願いするようになったのである。十王堂参拝で御世の国での安泰を御祈願下さい。


 
御祈願参拝の順路・赤湯駅〜フラワー長井線〜宮内駅(熊野大社参拝)〜おりはた駅(夕鶴の里記念館・鶴布山珍蔵寺)〜長井駅
 長井駅下車〜徒歩8分・常楽院〜徒歩8分・十王堂〜徒歩8分・薬師寺〜徒歩10分・長遠寺〜徒歩5分・
南長井駅

 おりはた駅の珍蔵寺は、日本人なら誰もが知っている、民話「鶴の恩返し」の発祥の地で、近くには織り機川が流れており、織り機橋が架かっています。本堂には鶴の剥製もあり、珍蔵寺から見下ろす平野には、昔、鶴が舞っていただろうと想像できます。